「どうしょう。ホテルもないし」
 「今日はどこへ泊まればいいんだ?」

 「どうしてイギリスへ来たのかな」
 「フランスへ行けばよかったかな」

 この前、パリへ行った友達は、「フランス人は意外と親切だったよ」と言っていた。

イギリスへ来て不愉快な嫌な事が、たくさんあったことを思い出し、
海岸で一人座っていると、悲しくなってきた。


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 海岸線には、漁村の家々が並んでいた。みんな寝静まり、真っ暗だったが、遠くに一軒だけ明かりが見えた。

 「お店かな?」

 少し遠いが、おなかも空いたので、食べ物屋であることを期待しながら、重い足どりで、歩いていった。


家の中を覗くと、夫婦が網を整理していた。
どうやら漁師の家らしい。

登はがっかりしながらも、せっかくここまで来たので、尋ねてみようと思った。



 「こんばんは。自分は旅行者ですが」

 「ちょっとお伺いしていいですか?」

こんな時間に、とつぜんあらわれた異邦人に、夫婦はとても驚いた。

 「あの、お腹が空いて、この辺にレストランか何かないですか?」

 登は、たどたどしい英語で、語順も正確ではなかったが、夫婦には意味が通じたようで、登がどうしてこんな時間に尋ねてきたのか、質問した。

 登と夫婦のやり取りが何度か繰り返され、最初はぶっきらぼうだったおじさんも、だんだん笑顔になってきた。



 「日本から来たの?」

 「遠いとこから来たんだね」

 「ああ、今日は土曜日だから、観光案内所はお休みだよ」
 「そういえば最近、岬の奥のほうに、新しいホテルが出来たみたいだよ」

 「ボクあんまりお金はもっていないんです」
 「大丈夫、そんなに高くないはずだから」

奥さんは、紅茶とスコーンを勧めてくれ、3人でしばらく温かいお茶を飲みながら雑談していると、自分の田舎に帰ってきたような不思議な感じが湧いてきた。


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 「そろそろ行こうか」
おじさんは、ジープを車庫から出して登を乗せた。

 「気をつけてね」
おばさんに挨拶をすると、ジープは岬へと急いだ。


フェリー乗り場を越えて、ドーヴァー城も越えると、ホテルの明かりが見えてきた。

 おじさんは、フロントまで案内してくれると、そのホテルは、ヨーロッパでよく見かけチェーンホテルなのが分かった。

 家族旅行向けの格安タイプの簡易ホテルで、部屋が広いにもかかわらず、一泊6千円程度だった。どうやらつい最近ここに出来たらしい。



「泊まれる?値段は大丈夫?」

今日の空きを確認して、チェクインの手続きを取ると、今日は無事にここに泊まれることをおじさんに伝えた。

「よかったね、泊まれて」

 登はこういう場合、車代というか、チップというか、お金をいくらか渡した方がいいのか、それとも、そんなことは、かえって失礼に当たるのか、考えていたが、おじさんは登の成り行きを確認して安心すると、すぐに、ジープに戻り、帰って行った。



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 今日の宿も決まり安心すると、お腹が空いていたのを思い出した。

 ホテルには、ファミレスみたいなのが隣に付いていて、折角だからと名物のフィシュアンド チップスを注文した。

 他のテーブルからは、家族連れや、友達同士、遅い夕食の楽しそうな会話が聞こえてきた。
 タルタスソースがたっぷりかかった魚のフライに、レモンを絞りかけ、かぶりついた。
 おじさんに満足にお礼を言えなかったことを、反省しながらも、暖かな時間がゆっくりと流れるイギリスの団らんに、心地よさを覚えていた。


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 翌朝、部屋の窓からは大きな海、ドーヴァー海峡が広がっていた。   

夜に見た海とは違う、青い綺麗な海の色だった。

多くの船があたりを行き交い、見ていて飽きなかった。


「そうだ、朝食を食べたら、海岸へ散歩へ行こう」
「おじさんに、きちんと昨日のお礼も言いたいし」

 夏の爽やかな潮風が部屋の中に吹き抜けていった。

フランス行きのフェリーが海岸をゆっくりと離れていくのが見えた。


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